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「人は汗水垂らして働くべきだ」「恋愛は男女が人間と人間として向き合うべきだ」

そういう「高度成長期的な価値観」をインストールされて育った僕たちが大人になったとき、世界は変わってしまっていたのです。

汗水垂らして働いても、「企業で搾取」され、恋愛よりも恋愛ゲームやキャラクターを愛したほうが楽しい、ような気がする。

「ロスジェネ世代」の次世代たちは、「それなら、フリーターでも、ニートでもしょうがないんじゃない?」「アニメのキャラクターのほうが、生身の女の子よりめんどくさくないし、別にいいんじゃない?誰に迷惑かけるでもなし」と、そういう「変化」を違和感なく、自分のなかで「処理」できているように見えます(いや、内心はどうかわからないし、やっぱりそこには葛藤があるのかもしれないけれど)。

でも、僕たちにインストールされている「価値観」は、「そういうのは、人間としてどうよ?」と、エラーメッセージを送り続けてくるのです。

ライブドアの堀江元社長に対しても、僕の親世代は「あんなの『仕事』じゃない。金の亡者!」と切り捨て、1990年代以降生まれの人たちは「あれこそが、いまの時代の『仕事」じゃない。何が悪いの?みんな妬んでいるだけだろ?」と受容する。

しかしながら、その中間の僕は、「うーん、わかるんだけど、なんかわかりたくないというか、ああいう拝金主義は『間違っていない』のはわかっているんだれど『正しい』とも思えない……」みたいなスタンスになってしまう。

【読書感想】ロスジェネ心理学 - 琥珀色の戯言 (via igi)

(via gkojay)